「メタルギア ソリッドⅤ」を振り返る

先日、PlayStation4が発売から4周年を迎えた。

「PlayStation4であなたのベストゲームは何ですか?」と問われたら、皆さんはなんと答えるだろうか。

4年の間にはドラクエ、FFの最新作も発売され、海外ゲームも素晴らしいタイトルがあり、新しいところでは「モンスターハンターワールド」がある。人それぞれにベストゲームが存在するだろう。

私の中で、PlayStation4ベストゲームは「メタルギアソリッドⅤ ファントムペイン」である。

私にとってのPlayStationは、メタルギアと共にあった。「メタルギアソリッド4」を遊ぶためにPlayStation3購入し、フルHDのテレビを買った。PlayStation4は、メタルギアと買うと決めていたから、購入した本体は「メタルギアソリッドⅤ」同梱のオリジナルデザインモデルだ。PlayStation4 Proが出た今でも、私のPS4はオリジナルモデルのままだ。

たくさんの素晴らしいタイトルが生まれたPlayStation4において、もはや「メタルギアソリッドⅤ」をベストゲームに挙げる人は少ないだろう。ハードの終わりを迎える頃には、忘れられているかもしれない。

そんな「メタルギアソリッドⅤ」について、少し語りたいと思う。

目次

「メタルギアソリッドⅤ」が目指した物はなんだったのか?

「メタルギアソリッドⅤ ファントムペイン」は、2015年9月にシリーズ初のオープンワールドタイトルとして発売された。その前日譚となる「グラウンドゼロ」は同年3月に発売されている。

シリーズ初のオープンワールドという形をとった今作は、今までのメタルギアを大きく変えるものだった。

今までのメタルギアシリーズは、用意されたエリアをいかに見つかることなく進んでいくか?に重点を置き、ステルスゲームの緊張感と合間に織り込まれた良質なカットシーンが、シリーズの伝統だった。今作はアフガニスタンを舞台とし、広大なオープンワールドの中で用意されたミッションを『自由に』攻略していくスタイルへと進化した。『自由に』というのが今作のキーワードとなる。

まず始めに、ミッション開始ポイントを好きな場所から選ぶことからスタートする。スタート位置は、目標地点から遠ざかるほど危険度は下がり、逆に近い位置(敵陣のど真ん中という選択もある)ほど危険度は増す。どのユーザーもスタート位置を同じくしていた過去作とはここから違っている。

今までのシリーズは基本的に、武器や物資は基本的に現地調達となっていたが、今作は違う。ミッションに持ち込む武器、行動を共にするバディ、移動手段としての車両などミッションスタート時点で選択することができる。これにより、ユーザー自身がミッションに対する難易度をある程度自分で調整することが可能になった。

敵拠点に近づくことなく、遠距離でスナイピングするもよし。圧倒的な火力を持って敵部隊を制圧するもよし。今までのシリーズに忠実に、そしてスネークらしくノーアラート・ノーキルを目指すもよし。遊び方はプレイヤーの手に委ねられている。

忘れてはならないのが、前作『メタルギアソリッド ピースウォーカー』から導入された「フルトン回収」である。無力化させた敵兵士や、車両、兵器など多くのものを回収しマザーベースへと送ることができるシステムである。

回収した兵器はマザーベースに配置したり、車両などは今後のミッションに使用することができる。回収した兵士は自分の部隊の一員として、各部署に配置してマザーベースの発展に使用することが可能だ。

この「フルトン回収」もゲームの難易度を変える要素となっている。

今までのシリーズと同様に、眠らせたり、気絶させた兵士は一定時間が経過すると目を覚まし(仲間に起こされ)再びプレイヤーの障害となるのだが、フルトン回収することによって、そのミッション遂行中は2度と復活することはない。

フルトン回収を繰り返すことによって、敵兵士を完全に排除し無人となった拠点をゆっくり探索することも出来てしまう。フルトン回収がマザーベース発展と密接な関係にあるため、マザーベースの発展を優先すると必然的に難易度の低下をもたらしてしまう。従来のシビアさを求めるプレイヤーには残念に感じる部分かもしれない。

今作では、ゲームプレイに関する多くの要素がプレイヤーに委ねられている。ともすれば、それは『禁じ手』と捕らえられるかもしれない。ビデオゲームの歴史は、開発側が用意したものを、遊び手が「皆同じ条件の下で攻略する」というのが当たり前だった。

「メタルギアソリッドⅤ ファントムペイン」においてのオープンワールド化というのは、『遊びの場』をオープン化するというよりも、『遊びの中身』をオープン化することに比重を置いていたように思える。

「ゼルダの伝説BotW」に通じる「メタルギアⅤ」

2017年多くのゲームアワードを総なめにしたのは「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」だった。シリーズ初のオープンワールド化に挑んだこの作品は、オープンワールドゲームにおける閉塞感を打ち破った、革新的なゲームだ。

私もゼルダの伝説BotWをプレイし、その革新性にやられた1人なのだが、プレイしている中で何度も既視感を覚えた。

ゼルダの伝説といえば、謎解きがメインのダンジョン攻略がゲームの中核にあった。持っているアイテムや、その場に置かれたものをどうにかうまく使い、解法を導き出すのがシリーズの伝統だった。まさに、開発側の用意した答えをプレイヤーが同じ条件下で探すという、作り手と受け手の関係性をシリーズは繰り返してきた。

シリーズ最新作では、「ゼルダの当たり前を見直す」をテーマに掲げ、初のオープンワールド化へと踏み切った。そんなゼルダの伝説BotWにおいて、謎解きの解法はひとつではない。思いもよらぬ方法で突破できてしまったり、ある種の力業で突破してしまうことも可能だったりする。

遊び手の想像によって生まれるゲームプレイの多くを、受け止めるだけの懐の深さと器を作り上げたことに、私はひどく感心した。

「メタルギアソリッドⅤ」においても、その懐の深さは垣間見える。今までの用意された選択をなぞるゲームプレイから、プレイヤー自身が選択し様々な方法を試し攻略する。そして、それを受け入れるだけの器を「メタルギアソリッドⅤ」も作り上げていた。

後発となる「ゼルダの伝説BotW」にくらべれば、その器はまだいびつなものだったとも言えるが、目指していた方向性は同じだったのではないだろうか?明確に掲げられてはいなかったが、「メタルギアの当たり前を見直す」が根幹にあったのではないかと思う。

メタルギアのゲーム表現

新たに作り出されたFOXエンジンによって、「メタルギアソリッドⅤ」は今でも見劣りしない美しいグラフィックを得た。オープンワールド化するにあたり、世界を説得力のある形で作り上げようとした結果、多くのゲームがフォトリアルな方向へ進んでいく。

グラフィックをリアルに寄せていくあまり、ゲームプレイもリアルでなければならないと、ゲーム内にもリアルを持ち込むゲームも多々ある。正直なところ、私はリアルに寄ったゲームがあまり好きではない。得意ではないと言うべきか。

表現の方法は進化しても、ゲームであろうとする作品が私は好きだ。

わかりやすい例を挙げればレースゲームだ。「グランツーリスモ」シリーズはリアルなグラフィックとリアルな挙動で、実写を運転しているよなプレイスタイルで人気を博した。後発となった、「フォルツァ モータースポーツ」シリーズは同じようにリアルさを追求しながらも、『リワインド』機能という、実にゲーム的な要素を搭載している。これは、任意でプレイヤーがゲームを巻き戻してゲームをやり直せる機能だ。そんな「フォルツァ」が私は好きだ。

他にはリアルに街並みを再現しながら、超人的な能力を駆使して動き回れる「アサシンクリード」が好きだ。メタルギアと同じく、リアルなステルスゲームでありながら、マーク&アクションというゲーム的要素を楽しませてくれる「スプリンターセル」が好きだ。

「メタルギアソリッドⅤ」においても、敵に発見されたときに数秒間時間がスローになるという、実にゲーム的な『リフレックスモード』がある。

現実的な時代背景、フォトリアルなグラフィックを用いても、リアルには寄せず、ダンボールやワームホールフルトンなどゲーム体験として楽しいと思える要素を残してある。

ゼルダの伝説ではお馴染みのパチンコというアイテムがあるのだが、表現が3Dへと進化した「ゼルダの伝説 時のオカリナ」ではあえてリンクがパチンコを取り出す動作を省いたという宮本さんの話を思い出す。

取り出すという動作を入れた方が現実的で、説得力を持たせることができるのだけど、それによって操作レスポンスが悪くなるから省いたというのだ。

リアルな表現よりも、ゲームとしての面白さを迷わず取りに行くというスタイルは、メタルギアシリーズにも共通しているように思う。

メタルギアシリーズは、カットシーンの演出のうまさや重厚なストーリーから「映画的」と評されることがあるが、メタルギアほどゲーム表現を意識した作品はないと思う。

初代におけるサイコマンティス戦は、歴史に残るゲーム表現の1つだろう。知らない方には、今プレイするのは少々苦しいかもしれないが、是非メタルギアソリッド1をプレイしてみてほしい。

メタルギアソリッド2では、終盤にはバグかと思えるようなゲーム的な演出が仕込んであったり、ピースウォーカーの動くコミック風のようなカットシーンはまさにゲーム的な表現だったと思う。

何かに寄せることなく、あくまでも主軸をゲームに置いて作られている「メタルギアソリッドⅤ」は、今遊んでも十分に楽しめるゲームだ。

死してなおも輝く

ストーリーに関しては多くの人が指摘するように、シリーズを締めくくるには物足りなさが残る。

特典として用意された『蠅の王国』が初期にボツとされたのか?、終盤に切らざるを得なくなったのか?第3章はあったのか?など、今作のストーリーについては多くが謎に包まれたままだ。

真相はおそらく、永遠に語られることはないだろう。

「メタルギアソリッドⅤ」はゲームプレイの多くをプレイヤーに委ねてきた。ストーリーに関しても、プレイヤーに委ねる(開放する)という選択を選んだのかもしれない。

それすらも、真相は語られることなく永遠に空白のままだ。

多くの考察と、様々な意見を交える中で語り継がれていくのが英雄譚ならば、スネークの物語はそれぞれが思い巡らせ、完結へと導くしかないのだろう。

小島監督が手がけた最後のメタルギアとして、今後小島監督のメタルギアはないと言う現実はやはりシリーズの終わりを意味するのかもしれない。未完成とも思える要素を持った「メタルギアソリッドⅤ」は、今までのシリーズを継承できなかった死んだ作品と呼ぶ人も居るだろう。

だが、私はこのゲーム性にあふれた、自由とそれを受け入れる懐を持った「メタルギアソリッドⅤ」が大好きだ。今でもこれ以上のステルスゲームは存在しないと思っている。

「死してなおも輝く」

『メタルギアソリッドⅤ ファントムペイン』こそ、ダイアモンドドッグズだ。

個人的ゲーム採点

9/10

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